『時代/最後の女神』1993121日発売 2010113日発行
 
『時代』
 
    今はこんなに悲しくて
    涙も 枯れ果てて
    もう二度と 笑顔には
    なれそうも ないけど
 
そんな時代も あったねと
いつか話せる 日が来るわ
あんな時代も あったねと
きっと笑って 話せるわ
だから 今日は くよくよしないで
今日の風に 吹かれましょう
    
    まわるまわるよ 時代は回る
    喜び悲しみ   くり返し
    今日は別れた  恋人たちも
    生まれ変わって めぐり逢うよ
 
旅を続ける  人々は
いつか故郷に 出逢う日を
たとえ今夜は 倒れても
きっと信じて ドアを出る
たとえ今日は 果てしもなく
冷たい雨が  降っていても
 
    めぐるめぐるよ 時代は巡る
    別れと出逢いを くり返し
    今日は倒れた  旅人たちも
    生まれ変わって 歩きだすよ
 
    まわるまわるよ 時代は回る
    別れと出逢いを くり返し
    今日は倒れた  旅人たちも
    生まれ変わって 歩きだすよ
 
    まわるまわるよ 時代は回る
    別れと出逢いを くり返し
    今日は倒れた  旅人たちも
    生まれ変わって 歩きだすよ
 
    今日は倒れた  旅人たちも
    生まれ変わって 歩きだすよ
 
JASRACコード 039-9320-5
 
 
私にとって中島みゆきとの出会いの曲であり原点でもあります。
(詳しくはサイト『中島みゆきの初期』の「中島みゆきとの出会い」の項をご覧になってください)
また第3章でも紹介しています。
このシングル版はその2ヶ月前に発表されたアルバム『時代―Time goes around―』に収められた新しい音源からカッティングされています。
 
思えば18年前に発売されたセカンド・シングルにしてもファースト・アルバム『私の声が聞こえますか』に収められた曲も、
あらかじめオケが用意されていて中島みゆきはただ歌うだけだったといいます。
 
自分にぴったりと合うアレンジャーを求めてさまよい、ついに瀬尾一三氏というベスト・パートナーを見つけた中島みゆきが
『時代』を歌い直すのは必然の流れでしょう。
 
歌詞に関して無駄な説明は要らないでしょう。ただ、「旅を続ける人々」に関してはいろいろな解釈ができると思います。
中島みゆきはリスナーそれぞれに自由な解釈を与えています。
ある高校の先生はこれを「浪人生」と解釈して受験に失敗した生徒を励ましたという逸話もあります。
00年代が終わり10年代最初の号で『時代』をお届けするのは偶然でしかありませんが、
読者の皆様が過去・未来・現在を見つめ直されるきっかけとなれば幸いです。
 
 
『最後の女神』
 
いちばん最後に見た夢だけを
人は覚えているのだろう
幼い日に見た夢を 思い出してみないか
 
   あぁ あれは壊れたオモチャ
   いつもいつも好きだったのに
   僕には直せなかった
   夢の中で今も泣いてる
   言葉にならないSOSの波
   受けとめてくれる人がいるだろうか
あぁ あれは最後の女神
まぎれもなく君を待ってる
あぁ たとえ最後のロケットが
君を残し 地球を捨てても
 
 
   まだ見ぬ陸を信じて
   何故に鳥は海をゆけるの
   約束を載せた紙は風の中
   受けとめてくれる人がいるだろうか
 
あぁ あれは最後の女神
天使たちが歌いやめても
あぁ あれは最後の女神
まぎれもなく君を待ってる
 
   心は変わる誰もが変わる
   変わりゆけ変わりゆけ もっと好きになれ
いちばん最後に見た夢だけを
人は覚えているのだろう
幼い日に見た夢を 思い出してみない…
 
あぁ あれは最後の女神
天使たちが歌いやめても
 
あぁ あれは最後の女神
天使たちが歌いやめても
 
あぁ あれは最後の女神
天使たちが歌いやめても
 
JASRACコード 022-0364-2
 
リスナーへの中島みゆきのメッセージ・ソングです。
 
<第1節>
人は眠っている間多くの夢を見ていますが起きた時覚えているのは一番最後に見た夢です。
それに人生をかけあわせて最近もしくは今持っている「夢」だけでなく、子供の頃持っていた純粋な夢を思い出してごらんと歌っています。
「夢」を持てないでいる人へのメッセージも込めています。
 
<第2節>
「壊れたオモチャ」は暗喩で、純粋であるが故に破れた子供の頃の「夢」を指しています。
「言葉にならないSOSの波」とは他人には言えない心の痛みを歌っています。
受け止めてくれる人などいないという悲痛な叫びが続いています。
 
<第3節>
「最後の女神」という架空の存在を持ち出して、そうした心の痛みを受け止めてあげるよと歌っています。
「たとえ最後のロケットが 君を残し 地球を捨てても」と究極の救いの手を差し伸べています。
この「最後の女神」とは中島みゆき自身ではありません。「歌姫」=中島みゆき自身と誤解されることへの怖れを
中島みゆきは月刊カドカワ『新・中島みゆき伝説』(1991111日発行)の中でこう述べています。
 
 「歌姫」って曲も、歌姫イコール私、って思われてるみたいね、やっぱり。私は歌姫に向かって歌ってるのに、
 私自身が歌姫よって歌ってるみたいに取られる。
 
<第4節>
渡り鳥に託して可能性の見えない「夢」へ挑戦することの難しさを歌っています。
「約束を載せた紙」とは七夕の短冊のことではないかと推測します。
 
<第5節>
天使は神の使いです。
「天使の歌」という文句は歌の中でよく出てきます。
たとえ「天使の歌」が鳴り止んでも「最後の女神」は間違いなく救いの手を差し伸べていると果てない愛を歌っています。
ここで「あれは」とわざわざつけているのには先程述べたように「最後の女神」=中島みゆきと誤解されないようにという配慮と思います。
 
<第6節>
ここで転調します。心は移ろいやすいものです。心の変化に自分で嫌になったりもします。
しかし「変わりゆけ変わりゆけ」と支え「もっと好きになれ」と励ましてくれてさえいます。
 
長々と解説しましたが私の独断であり偏見もあるかと思います。
中島みゆきは歌詞の解釈を全くしません。
全てリスナー任せです。私の駄文が皆さんの参考になれば幸いです。