1975年11月15日に開催された第6回「世界歌謡祭」において中島みゆきは『時代』でグランプリを受賞します。
その年の9月、中島みゆきの父が脳溢血で倒れ、昏睡状態にあったことから『時代』はその父に向けられた歌だという「神話」が作り上げられました。私も最初はそう思っていました。
しかし中島みゆきは月刊カドカワ1991年11月号で反論をしています。
「時代」? いやあの歌を作ったときは父はまだ生きていましたよ。元気だったよ。だってホラ、最初ポプコンの「傷ついた翼」で入賞したのが5月だっけ。その時にはもう次の大会の曲を出してるわけ。てことは5月より前に「時代」を書いてるんだけど、父親が倒れたのはポプコンの後の9月ですもん。私があの歌をギターで自分ちでもってウンタラウンタラ書いてたときは、まだ元気で走り回ってましたもん。(笑)
だから、それはどっかから生まれた神話でしょう。後から見ると、そういうことがドラマ性を盛り上げているっていうだけのことじゃないですか。
その一方で『サンデー毎日』1977年11月26日号の「編集者のカバー・インタビュー」では
━でも、あなたの『時代』という歌は、恋の歌と違いますナ。
「私の父は北海道で産婦人科の医師でした。弟がひとりいます。その父が脳溢血で倒れまして、『時代』はそのとき作りました。
━お父さんの死を予感してたんですか。
「そんなこともないんですけど、結果的にはそうなりました」
このふたつの記事は矛盾しています。
考えうるに『サンデー毎日』が発売された頃には『わかれうた』がヒットしていて、下手に波風を吹かせたくないという中島みゆきの配慮がなされたのではないのかと思います。
前掲の月刊カドカワには『歌姫』は自分が歌姫に向かって歌っているのに『歌姫』=中島みゆきと捕らえられている危惧感が述べられています。
こと発表した歌に関してはリスナーそれぞれの解釈に任せて、敢えて説明をしない中島みゆきですが、『時代』と『歌姫』に関しては一言注意を喚起したかったのでしょう。