序 サンプル誌
中島みゆきのデビューシングルは『アザミ嬢のララバイ』ですが、中島みゆきの名前を世に知らしめたのは、1975年の秋にテレビ放送された「世界歌謡祭」において、『時代』でグランプリを取ったことでした。
この放送を私が高校3年生の時観て、受験勉強のプレッシャーの中でウツ状態にあった私は大いに感銘を受け今でもその光景を鮮明に覚えています。
亡き坂本九が司会をし、グランプリの発表があり、披露に出て来たのは長い髪を後ろに束め、フォークギターを抱えた高校生でも通るような少女でした。
その模様は、『時代-Time goes around−』の1曲目の『時代』のイントロに再現されています。
私にとって、『時代』は衝撃を受けた曲でした。フォーク全盛の中で、かぐや姫の『神田川』で受けた衝撃以上でした。それは、『時代』が人生訓とでも言える濃い中身の歌詞であることです。
”まわる まわるよ 時代はまわる””めぐる めぐるよ 時代はめぐる”
の歌詞に「方丈記」の「ゆく川の流れは絶えずして もとの水にあらず」という古典の名文句を連想しました。
言葉は悪いですがこんな少女にどうしてこんな歌詞が書けたのだろうかと畏怖の念さえ覚えました。(中島みゆきは札幌藤女子大学国文科卒業ということを後で知って、納得しました)
その後、私は受験に失敗し浪人生活を送ることになりました。辛く悲しいとき、この曲を口ずさみ何度も自分を励ましました。
さて、この曲には亡き父への鎮魂歌であるという神話があります。
中島みゆきの父は産婦人科の医師で、1975年9月に脳溢血で倒れ、翌年1月に亡くなりました。その事情とこの歌詞とが余りに符合していたので、そうした神話が存在するのです。私もその一人でした。
しかし、この曲を作った時点では中島みゆきの父は元気でした。
月刊カドカワ1991年11月号にその詳細を中島みゆきが述べています。
少し長いですが、引用します。
「時代」? いや、あの歌を作った時には父はまだ生きてましたよ。元気だったよ。
だってホラ、最初ポプコンの「傷ついた翼」で入賞したのが五月だっけ?そのとき
にはもう次の大会の曲は出してるわけ。てことは五月より前に「時代」を書いてるん
だけど、父親が倒れたのはポプコンのあとの九月ですもん。私があの歌をギターで自分ちでもってウンタラウンタラ書いてた時には、元気で走り回ってましたもん(笑)
だから、それはどっかから生まれた神話でしょう。あとから見るとそういうことがドラマ
性を盛り上げているっていうだけのことじゃないですか?
この曲は中島みゆきの初期を大変よく表現していて、初期の曲の中でも多いバラード風で、それも高らかに歌い上げています。
中島みゆきの曲の中には人生歌が少なからずあり、そのハシリがこの曲です。
私は男性なので、中島みゆきのふられ節にそれ程共感はできないのですが、人生歌に関しては私の生きる支えになっています。
そういった意味で『時代』は私にとって、中島みゆきのベストソングです。