━リード━
以前ボブ・ディランのアルバムを発売順に並べて眺めてみたことがある。ほとんど顔写真か自画像である。それを一堂に集めて眺めると、彼の表情の変化を一望のもとに見渡せて飽きなかった。中島みゆきのアルバムを発売順に並べてみる。私の歌が聞こえますか→みんな去ってしまった→あ・り・が・と・う→愛していると云ってくれ→親愛なる者へ→おかえりなさい→生きていてもいいですか→臨月→寒水魚→予感。そして今回は『はじめまして』だった。
春に出したシングルの「ひとり」を含める今回のアルバムは、前回の『予感』から一年半ぶりである。
歌わずにいられないから・・・
━アルバムを待っているほうから言うと、一年半はずいぶん長く感じられるけど。
「時間、足んなかったですね。やっぱり終わりの方は、突貫作業になりました。言ってみれば歌わずにいられないから、今それを歌ったという・・・・それ以外のことは判らないですね。ハッキリ言って、私は、作詞作曲の能力って、アマリないのね、あまりないから・・・・」
━と、本人は言ってますけど。
「自然発生待ちみたいなものだから。次のLPまでにはたして12曲なら12曲できるかというと、保証はないし、いつ出るか判らないけれど、常にとりかかっていかなくちゃ間に合わないんでね。それで、書きためた曲で、ある程度の方向性みたいなものが出てきたなと思ったら、その時に出すという・・・・そのうちに、なんてノンビリもしていられない。急がなくちゃという意識をどこかに持つという感じがスゴイ、ハハハハハ(笑)。」
━時間に間に合わせるのがプロなんだって。
「そうねえ、時間を気にしないで、自分のペースだけでやっていたら、それは究極の芸術家かもしれないけれど、もしかしたら一生何もまとまらないかも知れない。」
━(ジャケット写真を見て)アー?
「やってみましょか、今、ハハハハハ(笑)」
━チャンと爪先で立っている。
「瞬間だけですよ。場所は、さりげない山の中で。ヤブッ蚊がたくさんいて。」
━中島みゆきという人はスランプに陥ることがあるんですか。
「万年スランプですね。」
━『万年スランプ?
「最も精神的に機嫌がよろしくない時というと、今なんですよね。」
━どういうこと?
「レコードを作るサイクルでいえば、今が一番ね。もうプレスにかかっていますよね。そのプレスにかかっちゃっている間というのは今さらああすりゃよかったと思っても、もう間に合わないでしょ。そう思っているときに出来上がったのを見るのは、けっこう不愉快なものですね。」
━ぼくら、文章を書く人間でも、あるよ。最悪の場合は、オネショした後を見せられているような、イヤーな気分(笑)。でも、ステージでは、けっこう前に作った歌でも歌うじゃない?
「もう、そん時の気持ちで、まあ、言い訳けがましくなるんだけれど、コンサートの練習なんかしてて、なあんで自分の書いた歌、何べんも聞いているだろうに覚えてないのって言われるんだけども(笑)。で、コンサートというと人の歌、歌うわけにはいかんから、改めて取り出すわけですよね。突然、こりゃギター覚えなきゃいけないかな、とか、そういう気分で。」
━聞く方はフレッシュであるわけで。
「歌う方もフレッシュですよ(笑)。熱狂的なファンの方の中には、コンサートでレコード通りであることを望む、もしくは普段の態度にしても服装なんかにしても、中島みゆきとして出したそのままであってほしい、天の岩戸にシマッテオキタイッ!というのがあるけど、お応えできないな、それには」
━自分が前に作った歌を歌いなおしてみた。その時にそこから新しい発見をするということはないの?
「あ、いい歌だなと思うときもあるし、もう忘れちゃってますからね。気にとめてないから、『あ、なかなか斬新なメロディー・ラインだ。次にこれ使おう』(笑)。困ったモンだ。(笑)」
呼吸法変えても胸はふくらみません(笑)
女性歌手には、コンサートで途中何度もコスチュームを変える人が多い。中島みゆきのアルバムでは、一曲ごとに歌の衣装が変る。「春までなんぼ」の出だしは、童女ふうだ。わざと稚拙に歌うかのようだ。だが、間奏のギターがうなる頃になると、彼女の声はだんだんと太くなる。そして、「私の身体であとまだいくつ/春までなんぼ」という恐ろしい歌詞で終わる。
実は取材テープを起こしていて気がついたのだが、彼女の喋りを文字にすると、何か実際と違う。声を大きくしているところ、トーンを落としているところ、早口に喋るところ、ゆっくりと一言づつ噛み締めて語るところ、そしてなまりの微妙なニュアンス。そういったものが文字では写せないからだった。音量とトーンの変化がすこぶるおもしろいのだ。
みゆきが一曲ごとに声を変えて歌うようになったのは、いつ頃からか。今回のアルバムに始まったことではないが、このアルバムのもう一つの注目点は、それぞれの曲のエンディングが凝っていることと同時に、これまでの彼女の声の変化のサンプルのように、さまざまな歌唱が収められていることだろう。
━曲を作る最初から、こういうボーカルで行こうということを考えるの?
「歌い方というのは、結果としてひっぱられてそうなったというこどで。」
━曲にマッチした歌い方になっているんだけどね。
「もしかすると、まだマッチしていないかも知れない。この曲にはこういう歌い方の方がよかったんじゃないかということが、それぞれあるのかも知れない。この歌をこう歌ってやろうという余裕はなかったですね。声出してみてアワネエ、これじゃウタエネエナ、じゃあ合う声どこなんだ、どこなんだと、ここかな、というのが結果としてこんな声になっちゃった」
━あなたのボーカルは、いつの頃からか変ってきているけども、どこかの時点で意識したのかな。
「とくにレッスンしたわけでもないけど、喉が丈夫になったというのはありますね。」
━たくさん歌ったから?
「音域が昔より拡がっているし、一つは昔はブレスの仕方が分からなかったんですよね。いわゆる腹式呼吸がどうのこうのといわれるけれど、肺がおなかの中にあるわけじゃない・・・・・(笑)全然分からなかった。文字から一生懸命考えたわけですよ。『イヤー、胃腸が息するのかなア』(笑)割と最近ですね。なんだ横隔膜のことかと・・・・・。そうならそうと最初から言やぁいいのに(笑)。チャンと息が出来れば、声も楽に出せるんですよね。私、昔から気管支が弱くて、走ると気管がキューッと締まって息が出来なくなるんです。エピキュラス(注:彼女が所属するヤマハのホール・スタジオ渋谷にある)は高いところにあるでしょ。一番最初のポプコンのリハーサルの時に、ギター・ケース持って上がって、途中でくたばった(笑)。くたばったのを、気を取り直し、脂汗拭って坂を上がって、自動ドアを踏んだら、まだ先に階段があったんですよねェ(笑)。なんて嫌な会社だろうと・・・・・(笑)前途多難が絵になったみたいで(笑)。それが呼吸法が変ってから楽に登れるようになりましたね。しかし、豊胸体操にはなりませんね。呼吸法変えても胸はふくらみません、経験から言って(笑)。」
取材をしたのは、ちょうどコンサートのリハーサル中の夜だった。今回のコンサートは『中島みゆきコンサート’84月光の宴(エン)』。10月9,10,18、東京・渋谷公会堂、24・25日と11月14・15日、大阪フェスティバル・ホール、11月21・22日、東京・新宿厚生年金会館。今までのツアーでは、東京はやっても一回で、今回のように東京と大阪を重点的に歌うのは初めてだ。この二大都市以外の地方へは、来年の春から回る。
お金持っている人は聞きたくない歌なんでしょうかね(笑)
━お客の雰囲気は、地方によってかなり違う?
「単純に言えば、人口を形成している職業なり学生なりによる地方差というのは、こまめにありますけれどね。理由の判る違いがね。かと思うと、何か判んないけど、どんよりとした所もありますよね。
━今でもしっかりラーメン屋を探すわけ?
「最近は、ですね。カップメンをいただけるんですよ。大分前にラジオでね、コンサートの時にいろいろ買うだろうけれど、何を買うと一番嬉しいですか、高いものでいいものはいっぱいあるだろうけれど、私たちのあげるものでは何が一番嬉しいですかというから、私はカップメンが一番いいと言ったら、思った以上にドーッと。歌っている途中でも飛んできますからね。花束とか縫いぐるみなら、いくらでも投げられるけど、カップメンがドーンと・・・・・」
━お湯をかける少女・・・・・
「ハッハッハッハ・・・・(笑)うちの楽屋なんかすごいんですよ。もうスタッフが喜んじゃってね。いくらなんでも私は全部食べ切れないから、みんなであけてお湯を入れるのを一応見渡して、その中で一番おいしそうなのを『オウ、これイタダキ』と。あと、地元でなきゃ無いラーメンとか。だから、ラーメンのにおいが立ちこめちゃって。スタッフが今度注文をつけてくるんですよ。『こんどはラジオで焼きソバがほしいと言え』とか。カップメンならば、生もの貰うよりも持って歩けるしね。ものによっちゃあ、よかれと思って持ってきてくれても、そこから直ぐ次の場所に行かなきゃならなくて、もてあますことあるんですよね、潰れちゃうし。カップメンだったら余っても、持って帰ってうちに積んでおいたっていいし。ハハハハ(笑)。」
━昔は一升瓶をデンと持ってくる人、いなかった?
「ありましたね。最近はあまりお酒は来ない。私があまり量は飲まないと言っているのが徹底したんでしょうかね。
━ラジオの効力って大きいね。
「そうですね。・・・・・・ダイアモンドが来たことありましたけどね。」
━エッ?
「ホンモノ。贈り主が判んなくて。」
━鑑定書はついていたの?
「ついてるんですよ。返すのに一苦労しましたもの。」
━結局、返したの?
「鑑定書を手掛りに返してもらったんですけどね。ああいう高価なものは、気持ちの負担になるんですよね。もしも借金でもして買ってくれたんだとすると、これはエライことだし、住所名前書いてないし、自分で買ったのならまだいいとして、もし、親に黙ってだったら、ねぇ。やたら大きな粒が来ちゃったんですよ.これは受け取れないというので、宝石店の方に返しましたけれどね。安いものだったら、どんなものだっていいんですけどね。高いのはちょっとイタダケナーイ、気持ちは嬉しいけれどね、負担になっちゃうからね。」
━いろんな人のコンサートを見ていると、プレゼントでお客の層が判る。
「ユーミンなんか、すごいもの貰ってますものね、ハハハハハ。うちのコンサートなんて、駐車場から違う。」
━ホント?
「ええ、駐車場に並ぶ車を見ると、だいたい判る、。かつて京都でコンサートをやったときに、京都会館だったか、その会場が設立されて以来初めて、自転車で駐車場が一杯になった。少なくともベンツが並んだということはないですねえ。だいたい、駐車場が空いていますものね。帰りはバスにはちきれんばかりになって。」
━極めて庶民的。
「同なんでしょうねえ。お金持ってる人は聞きたくない歌なんでしょうかね(笑)。」
そして”明日”が始まる・・・
「僕たちの将来」jは、鋭い針を突きつける。それは歌詞カードでは、分からない。宿で抱き合ったのちに、24時間レストランでスパゲッティを食べながら交わされる、男女の対話だ。ワン・コーラスは「僕たちの将来は良くなってゆく筈だね」というフレースで終わる。そこのメロディは何か不安定だが、二番も同じ言葉で終わる。が、最後に、みゆきは「僕たちの将来は」で切って、後を歌わない。ふたたび「僕たちの将来は」と歌うが、「良くなって・・・・・」を歌わない。そして、三度、彼女の「僕たちの将来は・・・・・」が繰り返される。今度は、言葉が続く。だが、出てきた言葉は、それまでとはガラリと変った「良くなってゆくだろうか」だった。こういう表現は、目で読む詩ではなく、歌う時だからできる。。「僕たちの将来」の意味は、このエンディングによって、大きくはばたくのである。
━占いは気にしない人ですか。
「都合のいいところで、うまく。都合の悪いときは『当たりゃしないよ、こんなもの』」」
━極めて庶民的な解釈。
「ハハハハハ。いいこと書いてあると『当たるかもね』。都合の悪いことが書いてあると、『人間、十二通りで片付くものか』。都合のいいときは『やっぱり魚座ですから』。あれはもし正確に調べるならば当たるかも知れないですけどね。当たるという、個人のところまでやるとすると、それはパターンじゃなくて、一億人いたら一億通りなきゃならない。そこまで正確にやるのは、ものすごい根気と精神力が・・・・・」
━ノストラダムスの大予言なんかは?
「自分たちが今やっている生活なり行いなり(この辺りはゆっくり喋る)行動の結果、1999年頃にこうなるであろう、ということに対して自分が今どう対処するなり何をしてるかっていうことは、興味はある。自分が何をやっているかということはすっとばして何かしらん突然当たったみたいなのは、ホットケという気がします。」
━1999年でなくても、十年先、二十年先というところで自分が何をやっているか、想像することは?
「お先まっくら。ある日、突然パッと目覚めるということもなさそうだし・・・・・歌はやってるかどうか分かりませんけどね。私は歌のために生まれてきたのだと、ドラマティックに感動してやってるわけじゃあないから、その辺はあまり分からないけれど、もしかするとそれは歌かも知れないし、もしかするとそれは柔道かも知れないし(笑)。」
━柔道だったら俄然人気をよんだりして・・・・(笑)
「僕たちの将来」で深い懐疑が投げつけられた。言葉は懐疑的だが、「ひとり」から聞き続けてくると、実は絶望といったほうが近い。だが、「僕たちの将来」にすぐ続く最後の「はじまめして」のみゆきのボーカルは、なんと挑戦的だろう。内に籠もっていた所から発していた歌が、この曲では外に向かう。ある意味では、吉田拓郎のようである。「シカタナイシタカナイそんなことばを/覚えるために生まれて来たの・・・・・」これは中島みゆきのプロテスト・ソングであろう。この曲で終わるアルバム『はじめまして』は、みゆきのこれまでのアルバムで「時代」などの曲に見えていたメッセージ的なものと、「アザミ嬢のララバイ」をはじめ多くの曲に流れていた形象とが、一つに統合されたアルバムだと思う。ここから、ぼくらも「明日」とつきあいたい。
(完)