村松友視の人物ライブスポット 中島みゆき  週刊朝日1986年11月14日号
詞(うた)と詩(うた)に曲かさなって見返り美人

村松 中島さんとは今日、初めてお目にかかったんですが、こっち側では結構いろんなイメージで受け取ってまして、案外謎なんですよね。
中島 案外、謎のない人なんですよ、私は。(笑い)
村松 実物はどうなんだろうか、わかりにくいなという感じがあったんです。
中島 あんまり外に出歩かないから、謎が先行するんでしょうね。
村松 対談なんかも少ないでしょう。
中島 数えるほどしかないですね。いままで対談といえば、吉行淳之介さん、谷川俊太郎さん、あと・・・・。
村松 天沢退二郎さんは・・・いや、天沢さんは書いただけでしたっけ。
中島 はい、お会いはしてないです。あと、そうそう、沢木耕太郎さん。
村松 そのライン・アップというのはなかなかのもんですよ。そういえば、唐十郎さんの芝居の打ち上げにいくと、「この空を飛べたら」をね、とにかく酔っ払って歌うっていうのがあったんです。
中島 唐さんがですか。
村松 唐さんがっていうか、みんなで。
中島 あらあ。
村松 「人はみんな、むかしイ、むかしイ、ワーッ」って。およそ作詞・作曲の人がイメージできないようなね。そのあと灰皿は飛ぶわ、ビール瓶は割れるわ、もうすごいことやってたんです。
中島 唐さんの芝居で、『安寿子(やすこ)の靴』というテレビ作品の曲を作ったことがあります。
村松 そうでしたね。唐さんと中島さんの遭遇を、不思議な気分で受け取った覚えがあります。
中島 私も唐さんの芝居に興味があったし、唐さんが詞を書いてくださって、メロディをつけてみませんか、ということで。
村松 僕と唐さんとはもう長い付き合いなんですけど、唐さんはとにかく<言葉遣い>の名人だと思うことしきりでね。昔の<剣術遣い>みたいに、<言葉遣い>っていうのが世の中にはいるんですよ。僕は中島さんもそういう一人だとニラんでるんです。
中島 そう、です、かしら。(笑い)
村松 『見返り美人』とか『見まごうばかり』とか、ちょっとセピアがかって蓮っ葉な、日本人独特の韻を踏んだ言い方があるでしょう。ああいうのが好きみたいですね。
中島 そうですね、日本に昔からあるストーリーって好きだからかな。
村松 それは学校で国文学をやってた、というのと関係があるんですか。
中島 国文学にいってたわりには読んでなかったな、と学生のときは思いました。私は、本を読むのがおそいものですから。みんながあれ読んだ、これ読んだっていうわりには、全然数は読んでなかったですけど、でも国語の古典の時間が嫌いだったという人と話すと、どうして嫌いなのかなと思うということは、やっぱり好きなんですね。

言葉を選び取る<言葉遣い>の心意気

村松 言葉なのかな、それとも古典の内容というか物語が好きなんですかね。
中島 内容自体はそう変わったこといってるとは思わないんですけど。えー、何でしょうねえ。言葉遣いを大切にしているというところを、いろいろ見るのが面白いというのはありますね。
村松 それはいえますね。
中島 いろいろ考えて、この言葉をつかったんだろうな、と思われる節々が見えてくるのが面白いんですね。
村松 僕も尾崎紅葉とか、あの辺りの、硯友社の人の書いたものを読んでると興奮するんです。言葉遣いに艶があるっていうのかな。言葉の練りあげかたで、人を割り出してゆくというのかな。
中島 その言葉を選び取るっていうか、自分で選び取って、しかもそれを自分でいいと思って提出するんだッていう、そこの心意気みたいなものが見えるのは、読んでてエキサイティングなことですよね。
村松 古典からそういう感じを受けるんですよね。
中島 比較的日本の古典にありますね。
村松 国文学にいこうというような子供だったわけですか?
中島 ええ、言葉が好きでしたから。
村松 ハハア、言葉、好きそうですものね。(笑い)
中島 ただ、いわゆる評論的な授業というのはすごく嫌いだったですよね。一つの文章に、この解釈だという答えを出すわけですけど、ウッソつけえ、とか思うときもあるわけですよね。それは先生がそう思うだけで、どうとろうと勝手じゃないか、と。
村松 そりゃ、そうです。
中島 結局のところ、いろいろ言うなら自分で書けばっていうところに行き着いちゃったわけですよ。(笑い)
村松 言葉好きになったキッカケというものもあるんでしょうね。
中島 私の通ってた小学校の方針というか、学校として詩集を出してたんです。生徒が国語の時間とかに適当に書いたものをどんどんピックアップしていって、毎月だったかしら、詩集を出していくという学校だったんですね。
村松 ほお。
中島 『赤灯台』という名前の詩集でした。
村松 ネーミングもふるってますね。
中島 それから中学校では詩もそうですけど、散文のほうまで、とても言葉を大切になさる国語の先生が担当でついてくださったというのがひとつあるでしょうね。それと、同じ時期に、中学のころは帯広にいたんですけれど、とあるお菓子屋さんで、やっぱり『赤灯台』みたいな詩集を、そこのご主人が出してたんですよ。

みゆき世界のルーツは、母と学校と記憶力!?

村松 店に来る中学生や小学生から詩を集めてですか。
中島 と、思います。そういう意味では、新しい詩、子供たちの詩みたいなものが、次々に周りにあったという感じなんです。
村松 すごいな。
中島 面白かったですよ。小学校の一年生や二年生の詩がボコッと出てくると、ギョッとする言葉があったりするんですよ。
村松 そういう環境にあって、自分でも書いてたわけだ。
中島 そうです。好きでしたから、やっぱり。
村松 『赤灯台』とか、そういうのは残ってますか。
中島 何べんか引越ししたりしているうちに、どっかいっちゃいましたね。
村松 音楽はどういうふうに関わってくるんですか。
中島 音楽ねえ。五つくらいのときからピアノを習ったりはしていましたけど・・・。音を出すのは好きだったらしいんです、親が言うには。一日中ギャーギャーうるさい声を出してたらしくて、それとか、三角形のクシを持ってましてね。
村松 三角形のクシ?
中島 真っ直ぐのクシじゃなかったのが、いまからしてみればなんだったんでしょうね。三角形ということは、ひっかくと音程があるんです、それが宝物だったんですから。次は筆箱に太さの違う輪ゴムを張って弾くとか、そういうつまんないことをして、しょっちゅう遊んでる子だったらしくて。(笑い)
村松 なるほどね、ルーツがだんだん見えてきた。
中島 どっちかというと、うちの母親が、ミュージカルじゃないですけど、しゃべる言葉にメロディがつく人なんです。
村松 日常的に?
中島 ええ。
村松 即興で?
中島 そうなんです。たとえば「おやつにしましょう」というのでも、すぐに歌になって呼びかけちゃうんです。私が物心つく前から、やってたらしいんですよ。いまも、うちの犬に向かってやってますよ。(笑い)
村松 お母さんは、誰かから影響されてるんですかね。
中島 うちの母親の父親がそうだったみたいです。(笑い)
村松 そういう家系だったんだ(笑い)。じゃあ、中島さんが最初に人前で歌ったのはいくつくらいのときだったんですか。
中島 高校の学園祭みたいなときです。
村松 何を歌ったんですか。
中島 自分の書いた曲でしたね。けっこう小さいときから勝手に書きためてはいたんですよ。

自分用の詞と詩がある埋蔵量の奥深さ

村松 言葉にもこだわり、音にもこだわっていたとなると、そのほかの面では一体どういう子供だったのか(笑い)
中島 私、ものすごく記憶力が悪いんですね。自分でも驚くんですけれども、記憶ということに関してはちょっと欠けてるんじゃないかと思うくらいで、学校で習う歌が覚えられないんですね。
村松 はあ。
中島 覚えられなくて、その上他人様の書いた詩で意味のわからないところが出てきたりすると、なおのことダメになってしまって、それを歌うということが苦痛になるんです。苦痛だけど音楽は好きだと。じゃ、ここでも自分で書けばいいじゃないか、ということになるわけですよ。
村松 自分をとことん信用していなきゃ、出来ないことですよ、それは。
中島 でも、自分で書いたのをまた忘れるんですけどね。(笑い)
村松 小さいとき書いてた詩と、音が関わってきたときの詩とはまるで書く意味が違ってくるでしょう。
中島 ツカサ(詞)とテラ(詩)を意識し始めたというのはありますね。いつとはいえませんけど、自分で書きながら、ツカサ用の詞とテラ用の詩は違えて書くようになりましたから。
村松 ツカサは聞く人というか、受け手がいる感じですね。
中島 最初のうちは自分が歌いたいように、誰が聞いてるなんてことはかまわず歌ってる。言葉を口の中で転がしてれば面白い。でも、人に聞かせるということを考えたとき、何を聞かせるつもりなのかということを要素として入れてくると変わってきますね。自分がしゃべりたいことと、人に聞かせたいことは別物なんじゃないかと。
村松 それはツカサとテラの違いというんじゃなくて・・・。
中島 ええ、ツカサの中でのことですね。コックさんが人に食べさせたいと思う料理と、お腹がすいて自分用につくる料理とは、たぶん違うものだと思うんです、そういうニュアンスですね。
村松 テラの方にも、それはいえるでしょうね。
中島 それはありますね。自分用と発表用というのが、テラの中にもありますものね。
村松 自分だけで味わってる料理というのは、やっぱり客の前には出したくないですか。
中島 ええ。そういうのはある意味で興味の対象かもしれませんけど、興味だけでしょう、きっと。
村松 でも、わかりませんよ。ちょっとつまみ食いさせたら、、客用に出す料理よりはやったりするかも。自分がすごく特殊にこだわってるだけなんですから。
中島 困りますよね、実に。一番贅沢なのを自分で食べてたりしてね。
村松 まぐろのナカオチ。
中島 こたえられませんな。(笑い)
村松 ちょっとずつ、自分用の料理を拝見させてゆくというのも、いいかもしれませんね。

不自然を自然に見せるいい女

村松 最初の謎の部分に戻りますけど、中島さんにはハイヒールのイメージを、僕は勝手にかぶせちゃったんですよ。
中島 おもしろいですね。
村松 ウーマンリブ的な女じゃなくて、逆にその人たちから攻撃されるような女の小道具、見られることを意識するというか、女を演じちゃうというか、そういう女の部分があるんじゃないかと。ハイヒールはコチコチのウーマンリブからいうと、あれで男を殴る以外、認められなくて、女を堕落させた道具みたいな言われかたをするかもしれない。
中島 踏むというのも気持ちいいですよ。(笑い)
村松 よく履きますか。
中島 一時あこがれてたんですけど、足の筋を痛めてダメになりました。
村松 ハイヒールの履きすぎでそうなったんですか。
中島 ハイヒール履いて転んだんです。足の筋をねじりまして、メロンみたいな足になりましてね。それで病院に行って、元々足の筋が丈夫じゃないし、おやめになったほうがいいですっていわれて。履かなくなりました。
村松 あこがれてはいたんでしょう。
中島 ええ、美しいと思いますからね。不自然な美しさですけど、あそこまで不自然にやれれば大したものだと。
村松 歩くという機能からはものすごく離れていて、歩く姿の美しさを演出するんですからね。
中島 不自然を自然に身につけちゃったふりをする女というのも大したものだと思うんですけど。
村松 好きな世界でしょう。
中島 アハハハ。
村松 そのへんでイメージが重なったのかなあ。
中島 ハイヒール、好きですからね。好きだあーって顔してるんじゃないですか。(笑い)
村松 もう全然、履かない?
中島 というわけでもないんです。持ってはいるんですよ、大事に。ときたま、二ヶ月に一ぺんくらい履いては、またくじけるんです。百メートル歩けないんですから。(笑い)
村松 やっぱりすごいことなんだ。ハイヒールを履いて自然に歩くということは。
中島 はい、あれは大変なことですよ。
村松 ところで、『わかれうた』の出だしの、「途(みち)に倒れて誰かの名を呼び続けたことがありますか」ってあるでしょう。あれは、まさかそのときの・・・。
中島 と、したらイメージが土砂崩れですね。(笑い)

(完)