しばらく作品作りに専念する本当の理由
中島みゆきのアルバムに『臨月』と題されたものがある(81年3月発売)。
それから7年。『出産』はいつかと待たれていたが、ついに、今年はライブ活動を休んで作品の”出産”に専念すると宣言。このほど無事に第一子が誕生。『中島みゆき』と命名された。 インタビュー・平山雄一
「みゆきが産んだのは、みゆきだった」
こんなコピーで中島みゆきのニュー・アルバムが登場した。アルバムの出産活動のため、コンサートはしばらく行わないと昨年のツアーで彼女は言った。その約束の最初の形がこのアルバムだ。
ここ2、3年の中島みゆきの活動を振り返ってみると、彼女にとってのコンサートの位置づけはほかのアーティストと違って、アルバムのプロモーションのためではなかった。完全にLPとライブを切り離し、おのおのの特徴とスタイルに合ったプロダクションを組んできた。それだけに、時間と労力は大変だっただろう。みゆきはそのやり方を実行してみて、今回の決断に踏み切ったわけだ。LP作りとライブを真剣に吟味して決めたのだ。高いサウンド・クオリティを要求されるようになった今、このみゆきの決断の周辺にはリスナーにとっても多くのヒントがある。そのあたりからインタビューを始めてみた。
ストレスとこだわりの狭間で
━今、1年にLP1枚リリースして、ツアーをしている人がおおいですよね。
中島 そうですね。どうしてもそれぐらいになるんじゃないかしら。アイドルの人とかはほんの数日でレコーディングできる人がおいでになるみたいだけど。なかなかそうもさっさとできないし。
━でも今はアルバムとして発表したい曲がいっぱいある。
中島 うん。
━コンサートでも以前の曲をアレンジし直して、今歌いたいスタイルでやってきたけど。
中島 ほら、コンサートの前に曲順を決めたりする時にも、確かにアレンジを変えたりするにしても、本当は詞の上でも今歌いたい歌があるんだけどな、と思いながらほかの曲をとりあえず選ぶっていうのは、なかなかストレスを生むんでね、そういうのって。
━コンサートとしての流れの中でその曲が必要だから優先しちゃうという。
中島 そう。関連してくることだけど、本当は、今あの歌、歌いたいんだけどなァ・・・でもコンサートで聴いたことない歌をいきなりやると、特に歌詞って聴きとってもら得ないのね。早口の歌なんて、みんなポカーンとしてる間に終わり! なんてね。それはそれでストレスあるし。
━そうですね。
中島 「いやぁ、あの曲はノリがよかった」とか、それだけになってしまう(笑)。困ってしまうのよね。あたしにとっては歌詞カードも含めてレコードだから。
━ストレスってどんなですか?コンサート終わってから自分の歌をカラオケで歌いに行ったりして。
中島 ハハハ、思わずコンサート終わってから楽屋に戻って一人言いたくなるようね感じ、ハハ。
━「シバ漬け食べたい!」みたいな(笑)。レコーディング時間はデビュー当時に比べると、膨大になりましたよね。
中島 かかるね、こだわりだしたら。
━3倍とか4倍とか。
中島 もっとだね。実際に計ってみたことないけど、こだわり方としてかなりになってきた。聴く方もものすごく耳が肥えてきてるしね。
━クオリティを要求されるっていうのは詞曲を作るのとまた別の大変さがありますね。
中島 楽じゃないけれども、面白いことだし。逆にサウンド・クオリティに触発される部分もあります。音へのこだわりが強くなっていくでしょう。そうすると、音でここまでこだわっているのに、歌詞でひと言、ま、いいかってわけにはいかないな、という、お互いが競争していくという。
他人の作品を歌うことの苦楽
━今回のLPでは甲斐(よしひろ)さんと椎名(和夫)さんが1曲ずつ提供していますね。
中島 やっぱりそれに詞をのせていくことで触発されるものもありましたね。その人のリズムってありますから、言い回しがどうしても合わないとかね。なんてったって、私が歌いやすいかどうかなんて全然考えずに曲書いてきますからね。もう「歌いづらい」って100回も言ってやりたいって気がしますけど(笑)
━特に甲斐さんのほうですか?
中島 いや、両方です、アハハ。どうしても自分で曲書くと、歌いやすいってことが先にいくんだよね。だけど歌いやすいというのと、出来上がりが聴きやすいというのは、また別だなとふと思う時があってね。歌いやすいけど、自分が聴きたいのはこういうメロディじゃなかったんだけどなという時がある。その旨言って書いてもらうと、他人のせいにできるしね、オホホホ。
━しかも自分で「よく歌ったわよ」とかホメてもだれも不思議に思わない(笑)。
中島 そうそう。
━他人の曲は面白かったですか?
中島 たとえば両者、曲の渡され方が違いますよね。椎名さんの方は歌なしでシンセの音で。甲斐さんは歌付きで来ますよね。歌が付いてると、歌手の方ですから、その歌い方のコピーじゃ始まんないし。そこからもう一つ、私の歌い方って何なのかしらと思うのは面白かったことね。
━そういう意味では今回のLPにはいろいろなタイプの曲が入ってますね。
中島 そうですね。歌う段になってから、ずいぶんこんがらがっちゃったりしたけど。
━たとえばどの曲?
中島 「クレンジング・クリーム」なんかにしても、いろいろやってみたけど七転八倒でしたよね。
━あれは不思議な曲ですね。
中島 ヘンですよ、あれは。自分でもどうしようかしらなんて(笑)。
━アレンジの久石(譲)さんは苦労したでしょうね。
中島 頼んだときに「普通はわざわざアレンジャーに頼まないタイプの曲を持ってきましたね」って言われたの。
━自分でギター1本でやればって感じ。
中島 あの言葉はそういう意味だったと思います(笑)。
━それにクレンジング・クリームを塗るっていうのが化粧を落とすことだってすぐには気が付かなかった。使ったことないもので。
中島 (笑)。ミキサーの人も言ってた。塗って落とすっていう感覚がとっさに来ないでしょうね、男の人は。「こんなにクリーム塗ってたら、最後はカベになっちゃう」って。
実は自分のことしか考えてない
━このLPに入っている曲は、この前のツアーが終わってから作ったんですか?
中島 作ったのもあるし、機会を数年間待ってたものもある。
━たとえば「ローリング」は”黒白フィルムは燃えるスクラムの街・・・それを宝にするにはあまり遅く生まれて”と歌ってる。前にも「波の上」とか、そうした世界の歌がいくつかありますね。
中島 そういう感じはあるよね。わたしたち・・・ダハハハ!ある意味であの世代の人たちの誇りみたいにあつかわれるよね。そうすると、わたしたちって乗り遅れたんだっていう。
━いつでもその傷は痛い?
中島 たとえば学園紛争というもの自体を具体的にとらえれば、とっくに過ぎたものだけど、思い出すまでもなくそれは通ってきたという意味で今もあることだから。記憶喪失にでもならない限りなくならない。
━ただその時、真っただ中で歌っていた人たちって、今、まったくそのことを歌わなくなっちゃいましたよね。
中島 ねえ。何か思うところがあるんでしょうね。せいいっぱい歌ってた人たちもいらっしゃるんですけど。
━みゆきさんの歌はいつもその人たちに何かを突きつけてるような気がしますけど。
中島 しつこい? アハハハ。
━歌の果たして来た役割のことを考えたりしますか?
中島 わたし、あんまり人様のために歌ってないような気がするの。
━自分のために?
中島 うん。
━この前のコンサートでは「エレーン」が大事な場面で歌われてましたけど。あの”生きていてもいいですか”っていうのは今回、ツアー休んでレコーディングすることの伏線だったのかな?
中島 あれ1曲がそれっていうこともなかったけど。あそこでいったんコンサートを休むというのを決めていたから、自分の中でやり残してた曲とかが気になってた曲を、一応格好つけてから休みたいというのがあって。
━それでコンサートでやったことのない「エレーン」を?
中島 いや、実は一度やったことがあるんです。
━えっ?
中島 あれはずっと前にコンサートでいっぺんやって、大失敗したことがあって、ドン帳が降りるタイミングが間違ったの。アッタマきちゃって、ずっときになってて。
━えーっ、もっと深い意味があるのかと思った。自分のことしか考えてないんですね。
中島 そーなんです、アハハハ。民間人ですもの。音楽にしても同じで、自分の必然性の範囲内から出てくるものだけですよ。必然性でぶつかって痛かったら「痛い」というだけで、痛くなくても「痛い」といえるような才はないんです、わたし。
このスタンスで貫いてきた中島みゆき。「痛い」と歌う説得力が抜群なのは、ここから来るのだろう。そして今、その「痛い」を伝えるためのクオリティを大切にするためにレコーディングに専念することになったのだろう。また、それ以上に、今歌っておきたいことがあふれているのだろう。
クオリティとスピードを両立させるという意味において、ニュー・アルバムはまさに”みゆき”の子供だ。
(完)